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anonymous ― 2007-09-20 19:54
諸説が掲示されていますが、ジャーディンの150年史によると、ウィリアム・ジャーディンは一応・外科医、ジェームス・マセソンは准男爵家の息子となっています。
二人は広東の高級官僚を抱きこむことに成功し、マカオの沖の海上20マイル付近にある小島を基地として、カルカッタから木綿製品と大量のアヘンをインド政府の協力のもとに取り扱っています。
1833年には特に6ヶ月に渡って武装快速船を駆使し、儲けで中国茶を買い入れたのが更なる富の蓄財に寄与したようだ。
アヘン戦争は彼らにしてみれば「貿易の利権」を守る戦いだったが、その戦いの目的から計画の全てを立案し、当時の英国外相パーマストンに強硬手段を取らせる一方、自らのスタッフを参謀に散りばめて軍隊の先頭を常に歩かせていました。 全て、利権を獲得するためだったわけです。
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